エラー率わずか0.00000625%、驚異のインド式昼食配達システム「ダッバーワーラー」
日本の物流システムのものすごさはよく知られたところ。徹底的なコンピューター化による管理と、そして日本の道路・通信インフラの優秀さによって高速かつ精密な輸送を可能にしているわけですが、これにまさるとも劣らないシステムがインドにもありました。社会的なインフラがまだまだ未整備なのにも関わらず、伝票もPOS端末も携帯電話も一切なんにも使わずに毎日20万食の昼食を時間通りに届ける「ダッバワーラー」という驚異のシステムが存在しているのです。一体どんな人達なのでしょうか。
目次
- ダッバーワーラーとは
- ミスは1600万回に1回、驚異の低エラー率
- 超複雑なネットワークを人力で運営するダッバーワーラー達
- なぜダッバーワーラーは超低料金で超優良サービスを提供できるのか?
- ダッバーワーラーと組織の社会貢献
ダッバーワーラーとは
インドの人達には、3食きちんと調理した温かい物を食べる、という食文化があります。これはファーストフードという文化がないということもありますし、文化・宗教が入り交じっているためタブーとなる食べ物が人それぞれに違うという理由もあります。
必然的にインドの労働者はお弁当を運ぶ人が多くなるのですが、これはどこの国でも大問題。特にインドのムンバイでは人口密度が高すぎて、職場から遠い郊外に住まないといけません。出勤時間も早くなり、お弁当を毎日早起きして作るのがぐっと大変になり、お昼には冷め切ってしまいます。それではお家で作ったお弁当を職場に届ければ?電車で片道1時間半の道のりは、家庭の主婦にはちょっと大変です。
これを解決するのが「ダッバーワーラー」と呼ばれる人達。ダッバーとはインドでよく使われる金属の弁当箱、ワーラーは「~をする人」の意味ですが、午前中に作ったお弁当を各家庭から集め、お昼までに届けるというお仕事です。ティッフィン(食事)という言葉を使ってティッフィンワーラーとも呼ばれます。
これが「ダッバー」金属のお椀を重ねてひとまとめにできます。それぞれのお椀には違うおかずを入れられて、カレーなどの汁物も問題ナシ。さらに右側のケースに入れて運ばれます。
「お弁当を家から職場に運ぶ」単純な仕事に聞こえますね。でも「1日20万食」ともなると、ちょっと事情が違ってきます。
ミスは1600万回に1回、驚異の低エラー率
ダッバーワーラーと契約しているのは現在、東京の渋谷区の人口と同じくらいの20万人ほど。ダッバーワーラーは毎日、この20万人全員の家からお弁当を集め、職場に届け、空になった容器を家庭に戻します。
言葉は簡単ですがちょっと計算してみましょう。いったい1ヶ月に何回のやりとりが発生するのでしょうか?
20万個×1日2往復×月25日で、なんと1ヶ月で1000万回もダッバーが行ったり来たりするのです。
それではこのうち、配達間違いなどのミスはどれくらいあるのでしょうか。インドでは識字率が高くないこともあり、ダッバーワーラーは携帯電話やコンピューターといった電子機器はもちろん、紙の伝票すら使いません。
そのエラー率、実に1600万回に1度。百分率では0.00000625%。つまり2ヶ月に1回しか失敗しないというのです。
いくらなんでもウソだろう、と思って色々と検索してみたのですが「月に4回くらいミスが出る」「ウチに来てもらっていたがミスは20年で3回くらいだった」など、数字にバラツキはあるものの相当低い数字なのです。
これは一体どういう数字かアメリカの空港で荷物が紛失する確率と比べてみましょう。ある空港では1日に250万個の荷物が通過しますが、そのうち45個が紛失するそうです。回数をそろえると1600万回で288個(0.0018%)。ゼロの数が明らかに違いますね……。
もう一度言いますが、電車が誤差30秒で発着し国中でパケット通信ができる日本の話ではありません。社会的なインフラがまだまだ未整備なインドの話なのです。いったいどのように仕事をしているのでしょうか。
超複雑なネットワークを人力で運営するダッバーワーラー達
ダッバーワーラーは超・几帳面です。毎日必ず決まった時間に荷物がピックアップされ、決まった時間に配送され、決まった時間に回収されます。どんな理由があろうとスケジュールは変更されません。以前、イギリスのチャールズ皇太子がダッバーワーラーの仕事を見学したのですが、その時ですら一切の調整は行なわれず、訪問時間は厳密に指定されました。
朝9時頃、各家庭からお弁当を集めて回るダッバーワーラー達。家の前に置いた包みをピックアップするシステムなので、お弁当が間に合わないと持っていってもらえないという約束。この時間帯、ムンバイ近郊の奥さん達は忙しさのピークとなるそうです。
ピックアップされたお弁当は駅ごとに集荷され鉄道で目的地の最寄り駅まで運ばれます。
時間通り来ないことで知られるインドの鉄道ですが、なぜかダッバーワーラー達は時間通り荷物を運ぶことができるようです。
駅に荷物が着いたら自分の受け持ちの地域の包みをピックアップして持って行きます。
決められた配達の拠点についたらさらに細かくリレーされていきます。ものすごく厳密に打ち合わせが出来ているような感じですが、途中、誰がいくつどうやって運ぶのかはまったく決められていないのです。
最初段の集荷と最後段の配送だけはそれぞれ毎回同じ人が同じ場所で行ないますが、持ち主のところに届くまでに最低6回は中継されるという超複雑なリレーを毎日打ち合わせ無しで行なうのです。
まるでインターネットの「パケット通信」のようですが原理もほぼ同じ。ダッバーに描かれたシンプルな記号がこの方法の秘密となっています。
これらは集荷ポイントや送り先などを表わす記号。左から右に読んでいきます。赤の「A」は集荷グループ、「VP」は家の最寄り駅、米印が到着駅、青の「2」が配達グループ、「Ex1」が建物ごとのID、最後の「2」が到着点の番地(階数やオフィスの表札など)を表わします。各拠点ごとに見るべきところが決まっているのでシンプルながらミスの出にくいシステムと言えるでしょう。
Decoding the Dabbawalla Iconography
それぞれの鉄道の駅を表わすシンボルは、ランドマークや伝統的な図案を元に作られているそうです。また上の写真の缶のように数字で表わされることもある様子。字が読めないダッバーワーラーのためにこうした単純な仕組みが用いられています。
すべての配達が終わったら、ダッバーを回収する午後の仕事に向けてダッバーワーラー達も食事。
移動中はお昼寝も許可されています。
動画はこちらから。
YouTube – Mumbai Dabbawala
雨の日も風の日も毎日毎日これを続けるのはかなり大変なように思いますが……ここ何十年かの間で、お弁当が届かなかった日はほぼゼロ。地震やタイフーン、武力衝突などがあった日でもダッバーワーラーの仕事はまったく止まることはないのです。いったいどのような組織がダッバーワーラーを支えているのでしょうか。
なぜダッバーワーラーは超低料金で超優良サービスを提供できるのか?
長い歴史によって磨かれたノウハウ
ダッバーワーラーの発祥は19世紀末ごろ。元々、宗主国だったイギリス系の企業で出される食事になじめないインド人が人足を雇って昼食を運ばせていたのが始まりと言われています。100年以上続いているわけですから、当然ノウハウは蓄積されます。
また、ダッバーワーラーはみな同じ地域の出身者。先祖代々お弁当運びが職業という人達もいます。いわゆるパートタイマー的な短期間で次の仕事に移る人は非常に少なくほとんどの人が長期雇用。離職率も非常に低く、中には80歳近い人もいるそうです。
シンプルな組織
13人の上層部と、30人ほどを束ねる「ムカダム」と呼ばれる監督、そして5000人のダッバーワーラーという3層構造になっています。ムカダムは30人の中で最年長のものが就任するというルールになっていて「政治」が介入する余地がありません。
全員が常に動いているわけではなく1グループのうち5人ほどの「遊び」があって、病気や遅刻、運送中の事故といったトラブルがあっても仕事に影響が出ないようになっています。
平等な報酬
1人あたりの月収は5000~6000ルピー(約9000~1万円)。ムカダムにもヒラのダッバーワーラーにも報酬はすべて平等に分配されます。ムンバイ市民の平均月収の約半分くらいなのですが、所得の地方格差を考えるとごく普通のインド人が暮らしていくには十分なのかもしれません。
本部が月に10~15ルピーほど取りますが、営利企業ではなく組合という形式をとっているのでこれは全額福利厚生や寄付に回ります。ダッバーワーラーの集まりはいわば全員が出資者となるのでストライキもリストラもありません。
(※数字は各資料でバラツキがあります)
緩いルールを厳格に守っている
「お弁当出し忘れたからもう一回集めに来てよ」など、ダッバーワーラーには一切融通がききません。月額料金300~350ルピー(約500~630円)で賄われるのは集荷と返送のみ。このように余計なサービスを本当に一切省くことで、高い効率・低いコスト・早い習熟を可能にしているわけです。
よって売り上げノルマもありません。遅配・誤配に関するルールも一切ありません。お客が望めば担当するムカダムを変えることはできますが、ムカダムどうしでのお客のやりとりは禁じられているそうです。
就業規則はたったこれだけ。
仕事中の飲酒/喫煙禁止(500/100ルピーの罰金)
仕事中は白い制帽をかぶること(25ルピーの罰金)
IDカードを着用すること(25ルピーの罰金)
休むときは事前に連絡すること(1000ルピーの罰金)
サービスを提供するのに不要なルールを徹底的に削っているので、従業員の負担が少なく勤めやすい環境になっているのだと思います。
ダッバーワーラー団体の理事、Dr. Pawan AgrawalによるTEDxでの講演。ものすごくエネルギッシュです。
YouTube – TEDxSSN – Dr. Pawan Agrawal – Mumbai Dabbawalas
ダッバーワーラーと組織の社会貢献
ここで疑問なのは「これは貧困ビジネスなのではないか」ということでした。他に行き場がないから、低い賃金でキツい労働に耐えているのではないか……と考えたのです。
しかし様々な資料を見るとどうやらそれは無いようなのです。
例えばこれ。近年、顧客の方も携帯電話やインターネットを通じて注文することが多くなったので、こうしてコンピューターを使えるように訓練を受けます。これはそのまま職業訓練となって、他の職業に転職しやすくなるわけです。
集金伝票を書きながら文字を覚える人もいて、確実に「労働者の満足度」は高いと思われます。
しかもダッバーワーラーの社会貢献・優良企業っぷりはこれだけではありません。日本なら超優良企業かくやといわんばかりの実績を残しています。いくつか例をあげましょう。
・世界の企業の夢、シックスシグマ(エラー率 0.00034%以下)を余裕で達成
・ISO9001取得(2000年)
・配達には自動車・バイクを一切使わず徒歩や自転車、電車しか使わないので環境に超優しい
・コンピューターを一切使用しないのでダウンタイムがない
・苦情ゼロ=顧客満足度100%
・まったく宣伝しないのに年間5%~10%で成長
・超低離職率。勤続30年もザラ
・1890年のサービスイン以来、リストラの記録なし
・1890年のサービスイン以来、刑事罰・民事訴訟の記録なし
これらに加えて組織目標が「親しい人が調理した昼食を配達することで、顧客に健康的な食生活を提供する」……ディズニーランドもびっくりのビジョナリー・カンパニーでもあるのです。
何がこの驚異の組織を日々支えているのか考えてはみたものの、「使命感」「誇り」という言葉は陳腐過ぎて鼻で笑えてしまいますし、かといって「生活」「食い扶持」というのも違うような印象です。「働くこと」や「自分と周りの関係」について、私たちとは根本的なところから違っているようです。
「自分が属する社会で、自分はなぜ生きているのか、生かされているのか」最近ニュースや新聞でよく聞くセリフですが、そういうものすごく根本的なところを彼らはなんらかの方法で理解できているのだと思います。
この文を書いている間にも彼らはひたすらお弁当を運び、そして空の容器を戻しているのでしょう。さすがインド、やっぱり神秘の国です。
参考資料:::: Welcome to Dabbawalla :::
The incredible delivery system of India’s dabbawallahs – (37signals)
The incredible delivery system of India’s dabbawallahs – (37signals)
The Mumbai working lunch – Asia, World – The Independent
In India, Grandma Cooks, They Deliver – New York Times
The Hindu : States / Other States : They pick up English as they carry lunch
YouTube – TEDxSSN – Dr. Pawan Agrawal – Mumbai Dabbawalas
Dabbawala – Wikipedia, the free encyclopedia
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