フランス国家憲兵隊IT部門がオープンソースソフトウェアを使って40%のコスト削減を達成した、その長い長い道のり
フランス国家憲兵隊はフランス国内および国外でのフランスの権益を守り治安を維持する軍所属の警察機関。約10万人がPCを使うこの組織で、いかにその導入・運用コストは下げられていったのでしょうか。そこには実に10年に及ぶ長い長い戦いの歴史があったのです。
OS・アプリのOSS化の背景
国家憲兵隊がオープンソースOS・Linuxへの本格的な移行を決定したのは2004年。WindowsXPからVistaの声が聞こえはじめてきたころでしたが、Windowsを使い続けることについては様々な議論がありました。
まずコスト面。バージョンアップに伴うライセンス費用が毎年200万ユーロ(約2億6千万円)かかること、ハードウェア更新や各拠点への導入・再教育費用など、有形無形のコストが問題視されていました。「ブラックボックス」で中身がよく分からない、というセキュリティ面の不安も語られていました。
この年の3月には欧州委員会は市場を独占していたマイクロソフトに対し処分を下しており、脱マイクロソフトの機運も高まっていました。
国家憲兵隊では2001年からオープンソースソフトウェア(OSS)の文書作成ソフト「OpenOffice」を導入しており、国内の公的機関におけるOSS導入のモデルケースとなっていました。
当時の国家憲兵隊の状況はこのようなものでした。
■2万ユーザーから職員全員、9万5千ユーザーに拡大予定
■コンピューター6万5千台、加えて保証が切れたもの2万台。
■全世界に拠点が4300箇所
-国内都心部、地方拠点、海外拠点
-1箇所平均10ユーザー
-中央サーバーとの接続速度は1Mbit/s以下■計画開始時点で3万7千台のLinux UbuntuPCを保有
-計画目標7万2千台を整備
OSS化戦略・何を実現しようとしたのか
Windowsを使用し続けつつコストを下げるという方向性を含め、おそらく選択肢は無数にあったと思われます。しかし国家憲兵隊はこんな戦略で立ち向かうことにしました。
■システムを完全に中央集権化
-ネットワークへのアクセス権限のコントロール
-保守・開発の一元化
-ノウハウの集中
-特例的な独自ソフトウェア導入の排除■モジュラーアプローチ
-アプリケーションとOSの依存を減らす■オープンな規格の採用
保守コストを削減するには、システムの一元化が必須でした。そのためまず改組によってIT部門がトップ直轄とされ、内部統制の強化が図られます。
さらにUbuntuをベースとした独自Linuxディストリビューション「GendBuntu」を開発・導入するチームも設置され、内製化によってさらなるコストダウンを図りました。
「GendBuntu」のスクリーンショット。Debian系Linuxは憲兵隊内部のサーバーのOSとして使われていたためノウハウが蓄積されていたことからUbuntuをベースとすることが決定されました。
OSSソフトウェアの使いづらさやトラブルについてのサポートは、こちらも内部に1200人からなるサポート部隊を設置し、各拠点からの技術的問い合わせに答えられる態勢をととのえます。
また国家憲兵隊は国家機関である以上、その予算は厳密に監視され、承認プロセスも非常に複雑なものです。OSSソフトウェアは無料であるがゆえに、この承認プロセスを一部スキップできました。保守・開発を外部ベンダーに委託せず内部化するメリットは、費用だけでなくこうした部分にも現れました。
結局のところ:
■GendBuntuをはじめとするOSSによってライセンス更新費用カット
-Linux化による古いハードウェアの再活用で、導入コストのカット■開発・サポート等の内製化による保守コストのカット
-改組・無料化による承認プロセスの省力化
これらの施策によって、運用・保守まで含めたTCO(総保有コスト)は40%、毎年700万ユーロ(約10億円)が削減が実現できました。
……とこのように、ひとことでいうのは簡単ですが、それは10年にも及ぶ戦いの始まりでした。
導入までの長い道のり
まず操作に慣れさせるため OSはWindowsXPのまま、色々なソフトをOSSのものに切り替えていきました。この時最も困難だったのはMS Outlookによるカレンダー共有を代替するソフトを探すことでした。これはOpen Business Managementによって解決したそうです。
■2004年:Windows機へのOSS文書作成ソフトの導入
-Microsoft Office2万ライセンスをOpenOffice9万インストールで置き換え
-OpenDocument形式を所内の標準規格へ
-業務上必要になるアプリの洗い出し(~2007年まで。計35個であった)
■2006年:ブラウザとメーラーをFifrefox・Thunderbirdに変更
■2007年~2008年:画像ソフトGIMP、動画再生ソフトVLSの導入
ちなみにWindows Vistaにアップデートするのか、それともLinuxに移行するのかについては2008年まで伏せられていたようです。VistaとXPの違いがかなり大きくなるという見通しが伝えられ、GenBuntuへの移行が発表されると引越し作業は本格的に始められました。
■2008年:ようやくWindowsからLinuxに移行するための準備がととのう。
-移行訓練用として、拠点ごとに1台、合計約5000台のGenBuntu機を導入
-その後、2016年までに全PCを置き換える計画
■2011年:新たに2万5千台のGendBuntu機を導入
低スペックでも動くGendBuntuのおかげで、新しいPCを一括導入せずとも少しずつリプレースすることが可能でした。一度に大きな投資が必要なく、予算編成にも有利だったようです。
またPCをリプレースする際にディスプレイを大型化したため、職員が競ってGendBuntu機を欲しがったそう。人間のほうからも「交換したい!」という意欲を持たせることができたようです。
■2012年:年末までに3万5千台へ
■2013年3月~6月:GendBuntu10.04から12.04へのアップグレードを、WAN経由で完了
■2014年1月:
-WindowsXP機を完全廃止予定
-7万2千台のPCをGendBuntu導入予定。
OSS化は「バラ色の未来」か
オープンソースソフトウェアは無償で使用が可能なため、導入コストについては確かに削減することができます。しかし、運用コストの削減、生産性の維持となると話はまったく違ってきます。
山形県では2010年にMicrosoft OfficeからOpenOfficeに乗り換えたものの、不具合が続出したため2014年は再びMicrosoft製品を採用することとなってしまいました。
国家憲兵隊の施策では、導入コストをカットした分を運用効率化にほぼそのまま振り替え、強力なサポート体制を築いています。またGenBuntuの開発やその他のソフトウェアの評価・導入についても自分たちで行えるだけの能力を整備しています。それだけの技術・能力がなければOSSの導入は生産性を下げるだけです。
また、組織の文化は非常に大きなファクターです。国家憲兵隊は全国の指揮系統が一元化された軍事組織であったため、移行命令もスムーズに伝達・実行されました。行政や一般企業では、これと同じことはできないと思われます。
2008年からGendBuntuプロジェクトのマネージャーをつとめているStéphane Dumond少佐は「OSSによるライセンス費用の削減はメリット全体からすれば氷山の一角にすぎない。OSS化は、IT部門の内部統制強化を大幅に進めるカギとなる」と、「無償」だけがOSSのメリットではないと明言しています。
さらに「(新しい技術は)確かにリスクだ、しかしこれは管理可能なリスクだ。(これによるコスト向上は)保守コストの削減でバランスがとれる」と、リスクの大きさについて強調しており、大手ベンダーのソフトウェアとはまったく違った手当てが必要であると述べています。
OSS導入は「なんとなく流行をかじってみたい人」によって「バラ色の将来」として語られがちです。国家憲兵隊のストーリーはそんな幻想を吹き飛ばすものといえるのではないでしょうか。
ソース:French Gendarmerie: “Open source desktop lowers TCO by 40%”
Towards the freedom of the operating system: The French Gendarmerie goes for Ubuntu
GendBuntu – Wikipedia, the free encyclopedia
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