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映画「ゼロ・ダーク・サーティ」レビュー~良心と義務感の危ういバランス


諜報機関の活躍はあまり表に出てきません。ほとんどは国家機密としてお蔵入りになり、時折政治家の「回顧録」の中にちらりと現れる程度です。なので「オサマ・ビン=ラディン殺害作戦」という直近の話題について事細かに語る「ゼロ・ダーク・サーティ」は非常にエポックメイキング。「テロとの戦い」の闇に迫る傑作です。


アルカイダの首魁、ビン=ラディンを追う若きCIAの女性分析官、マヤ(ジェシカ・チャスティン)。書類と映像の山と戦い、捕虜への拷問を繰り返すも捜索は一向に進展しない。しかし良心と義務感に支えられたCIAのチームは徹底的な洗い出しと地道な情報収集により、次第に目標に近づいていく。

ところがおりしも拷問が政治的スキャンダルとなり、CIAの強引さが衆目にさらされてしまう。はたして情報は正しいのか。その根拠は何か。アメリカをゆるがす大スキャンダルがかかった作戦会議の後、カフェテリアで「君の過去の業績は」とマヤに問うCIA長官。「これだけです。これだけにすべてをかけてきました」……かくして過去もっとも闇に閉ざされた作戦が幕を開けるのだった……

……という非常にハードなストーリーを撮り切った監督のキャスリン・ビグローは爆発物処理班の隊員を通じて、戦争によって少しずつ狂っていく人間性を表現した「ハート・ロッカー」でもアカデミーを総なめにした人。抑えた演技と淡々としつつもち密な撮影で、今回は21世紀のアメリカを象徴するともいえる「テロとの戦い」の暗部を描きます。

こうした映画ではともすればヒロイックな主人公が、分からず屋の上司と組織をひっぱりながら真実に近づくという筋立てになってしまいがちです。しかしそこはビグロー監督、人物の心情を細かく描きながら、センチメンタリズムを交えることがありません。超人でも、選りすぐりの天才集団でもない。熱意と義務感に支えられた人間臭い、そして日々の仕事としてのCIAの内部を描くことに成功しています。

作戦実行を主張するマヤと気持ちは同じながら、確信がもてず思い切った手が打てない同僚たち。

そして暗く鬱々とした面をもちつつも、テクノスリラーとしての面は際立ってシャープ。拷問・脅迫・買収・闇討ち・盗聴など、綿密なリサーチによってCIAの驚くような捜査手法を見せてくれます。途中で現れる「所属のよく分からない軍属」(スタッフロールには「DEVGRU」)が行う携帯電話の盗聴の段取りや無人航空機による偵察、どのようにスパイ網を構築するかのシーンは真に迫り、非常に見ごたえがあるものです。

無人偵察機によってパキスタンで行われる作戦をアメリカでリアルタイムに見られる時代。

完全な闇の中を突入するDEVGRU。

ちなみに気になる字幕は東北新社のベテラン、佐藤恵子さん。専門用語やジャーゴンだらけのセリフを正確に、かつ実にすっきりと訳しあげています。

もちろん描写がち密で、リサーチが行き届いているだけではありません。

100%の確証が得られない情報をもとに誰がどのようにして決断を下したのか。多数の命を奪う戦争の行く末がこんなにもあいまいに決まるのか。誰がその正しさを証明するのか……この映画はビグロー監督の告発であり、この作品が現在映画賞を軒並みさらっていっているのもうなずけるというもの

第85回アカデミー賞には作品賞・主演女優賞(ジェシカ・チャステイン)・脚本賞・編集賞・音響効果賞の5部門にノミネート。特に、主要部門の作品賞、主演女優賞では「最有力候補」と前評判も高くなっています。

「ゼロ・ダーク・サーティ」まさしくタイトルにふさわしいテロとの戦いのもっとも暗い部分を描いた映画といえます。興奮して映画館を得ることになるのは間違いありません。

公開は2013年2月15日。予告編はこちらから。
MSDV ZDT TRL 1m45s – YouTube

公式サイトはこちらから。
映画『ゼロ・ダーク・サーティ』公式サイト || 2013年2月15日公開

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