新世代コミュニケーションツール「ChatWork」の「中の人」に「海外で会社を作って働く」ことについて聞いてみた
「海外にはまだ未開の市場が残っている」という前向きな人もいれば「もう日本だけではやっていけない」という後ろ向きな人もいます。いずれにせよ「海外で働く」というのは今だけのブームではなくて自然な選択肢となるでしょう。そうした働き方を選んだ一人、ChatWork株式会社の山本敏行社長にお話を伺うことができました。
はじめに
ChatWorkとは名前の通り「テキストチャット」を主体としたコミュニケーションサービス。Eメールよりもはるかにシンプルで操作が簡単、企業ユーザーを中心に利用が広がっています。
ChatWork社の前身となるEC studio社は、もともと中小企業のIT化を支援することを専門にしています。その経験から開発されたツールとあって使い勝手もよくユーザー数は2012年9月で約10万人まで拡大。
そして2012年には業務を整理、ChatWork株式会社に社名を変更して、アメリカはシリコンバレーにアメリカ法人を立ち上げて海外市場に参入しました。
アメリカに渡るまで
DNA(以下D):
今のお仕事というのはアメリカがスタートなんですよね?
ChatWork社 山本敏行社長(以下山:)
そうです。2000年にアメリカ西海岸のロサンゼルスから日本向けのサービスをネット経由で提供していました。なのでアメリカ向けではないんですが。
D:
それは学生として?
山:
語学留学で1年間学校に通いつつ、時間もあってネットビジネスに興味もあったので起業しました。
D:
今、生まれたところに戻ってきたという感じですがどういうお気持ちですか?
山:
そうですね……当時は日本に戻らないといけなかったので。そのまま会社を作ることも考えたんですけど社会人として未熟だし、帰ってこいと言われたこともあったので帰ることになったんですけど。シリコンバレーに憧れがあって「戻ってくるぞ」というところはありましたね。
D:
学生の時と今ではどういう変化がありますか?
山:
学生だとアメリカ政府もあまり気にしなくて「ああ、勉強しに来たんだね」と言う感じです。ところが働きに来ると「何しにくるんだ」と。現地の雇用を奪ってしまうんじゃないかということですごく審査が厳しくなる。
D:
確かにFacebookページ(ChatWorkシリコンバレー挑戦日記)をみるとビザの申請が大変だったように思えました。
山:
あれですごくスムーズにいった方なんです。半年で2人同時にとれたというのは「どうやってとったんですか?」というレベルだと思います。 10年間日本でコツコツとやってきていろいろ準備もしていたので「本気でやるつもりがあるんだな」というのがアメリカ政府にも見えたんでしょうね。「ここから大きくなるなら入れてやろう」ということだと思います。
ただしこの先はまったく分からない。ビザが更新できるかどうか1年間の成果が見られます。売り上げもあげていかないとダメだし。日本人ではなくて現地の人を雇用したり、コンサルタントに依頼したり。やっぱりこちらで現地で利益が出て、税金を納めないとね。
D:
ものすごくオープンな国、というわけでもないんですね。
山:
デキないやつには厳しいですね。日本はその辺りとても優しいかもしれません。
アメリカにおける「ベンチャー企業」の見られ方
D:
ITのベンチャー企業に勤める、ということで日本とアメリカとはどう違いますか。
山:
日本でITベンチャーやってます、というと「それほんと大丈夫??」と軽く見られますが、こちらだと花形産業みたいですね。子どもがITスタートアップを立ち上げた、というと「よくぞそんな立派な子を育てましたね」という感じで世間からの扱いが違います。受け入れられ方が全然違いますね。
D:
年齢層はどうでしょう?
山:
日本だとなんだか学生や若い人ばかりなんですがアメリカだとバラバラですね。50、60からスタートする人もいます。50代のスタートアップの成功率は20代の2倍(PDF)だという話もあるくらいで。経験がある分成功しやすいんでしょうね。
それからリスクをすすんでとる人が多い。失業率も高いのに貯金していない人が多い。国民性の違いなんですかね。アメリカ人の旦那さんをもらった知り合いがいるんですが、いつも怒ってますもんね。
D:
そんなに不安定なのにステータスがあるのですか
山:
リスクをとるぶん「大きいことしよう」となりやすいのかもしれません。なので当たれば大きい。ぼくらは当たっているものしか知らないんでアメリカすごい!と思ってしまうんですが、実際はほとんどのものが失敗しています。たぶん宝くじなみ。
でも当たったもの表に出て、みんながそれに憧れて挑戦して……となるので層の厚さが違います。
日本で失敗すると敗残者あつかいですけど、こっちだと(失敗の)経験者ということで投資家がついてくれたりとかして次につながる。
ウソみたいですけど投資家が集まるイベントでちょっとプレゼンしただけで「いくら必要なんだ」という人がどんどん現れます。数千万~数億円という話もよく聞きます。支援の仕方もちょっと違っていて、日本だとすぐ「(株式売却益のために)上場しろ」となるんですが、こちらはサービスの成長や普及を手伝ってくれる感じです。
(シリコンバレーあたりの)投資家はもともと同じようなスタートアップの成功者だったりしますから、こちらの気持ちや業界のこと、成功のコツなんかを知ってアドバイスをくれたりもします。
また他にたくさん案件をかけもちしていますから、ひとつのサービスに大きなプレッシャーをかけてくるということもありません。「1つ当たれば何百社分の投資分は回収できる」みたいに思っているようです。
ChatWorkもそういう話をいただいたことはありますが「お金じゃなくて今はユーザーが必要なんです」とお断りしたことはあります。「今のところ困ってないんで」と説明すると「まぁそうだよね」となります。
もちろん最近までスタートアップバブルだった、ということはあると思いますが、今も落ち着いているとはいえ成長産業という風に見られています。
オフィスや回線、インフラのお話
D:
回線や不動産などのインフラはどれくらい整備されていますか?
山:
これは結構フランクというかいい加減というか……そこまできっちり整備されているわけではありませんね。(WiMaxルーターのような)通信回線をみんな持ち歩いているとか、ありとあらゆるところに安定したWi-Fiスポットがあったりとかはないです。ネットの環境は日本のほうがいいですよ。シリコンバレーエリアはものすごく高い。
リーマンショックの後、不動産価格はいったん下がったんですが、低所得者層が持ち家を持てなくなって賃貸の需要がものすごく上がって、それをカバーするために賃料が上がって……というスパイラルに入っているみたいです。毎年10%上がっていくんですよ。2LDKが2500ドルだったのが更新のたびに上がっていく、という話もあります。
D:
普段の移動は?
山:
電車ですが、いろいろ限られてしまいますので……車がないと大変ですね。1か月1000ドルのレンタカーが見つかったので助かりました。
D:
他のスタートアップとの交流はどれくらいありますか?
山:
今借りているパロアルトのオフィスは個室なんですよね。やっぱり他のスタートアップとのコラボが大事かなと思っているので近くの大きなコワーキングスペースに引っ越そうかなと。
他のスタートアップとお互いのプロダクトの話をして、プレゼンをやって磨いていくことで改善につながっていく。そうやってみんなで助け合って切磋琢磨して一発当てようよ、という雰囲気はありますね。当たったら「おめでとう」だし、当たらなかったら「次があるさ」みたいな。そうしたコラボがなければ家でやっていても同じですからね。
D:
スタートアップの人口はかなり多いみたいですね。
山:
多いですね。もうそのあたりのカフェがコワーキングのスペースになっていたり。1階でコーヒー売ってて2階はみんなラップトップ開けて仕事をしている。有名なRed Rock Coffeeが近くにありますよ。
自分の家の空いている部屋を宿泊施設として開放できる「AirBnB」というサービスがあるんですが、それを使っている人が「やってきた人はみんなスタートアップの人だったよ」と言ってましたね。そんなにいるんだ、と。
シリコンバレーの日本人
D:
他の日本人には会いましたか?
山:
去年は特に多かったようですが、今年はバブルも終わって半分になったって言ってました。
D:
そうした日本人の評判というのはどうでしょうか。
山:
ごくたまにいるんですが「ぱっと来た人」というのは評判悪いですね。ぱっと現地の日本人を訪ねて行って案内させて……ということをしてしまうようです。国内だとそういうことはまずないのに、海外だとものすごくずうずうしくなってしまう人も多いようです。
やっぱり知り合いというか日本語が通じる人がいないと不安なんでしょうね。そういう人は現地の日本人にはあまり評判がよくないことが多いです。
D:
やはりそれだけ「行きたい」と思わせるところなのでしょうか。かなり楽しいところのように思えます。
山:
まず成功うんぬんは抜きとして爽快感がありますね。わずらわしくないというか気を遣わなくてもいいというか。日本だと周りの人に色々気を使う必要がありますけど、こちらだとみんな自分のことが第一ですから。こちらも気にしなくていいのでものすごくラクです。
ただし目標は必要ですね。「アメリカでないといけない」という理由がないとただお金を使うだけで終わってしまって「何しにきたの?」となってしまう。
あとは語学ですね。カタコトだとやっぱり「こっちの国の事情とか分かっているのかな」という雰囲気になってしまう。日本よりはオープンなんですがお金が絡む話はやはりシビアです。こちらの人を説得して納得させるだけのものは必要だと思います。
楽しい、楽しくないと言われると半分ですね。過去の出張は観光客気分だったんですけど、これからは本気の仕事ですから。現実になって嬉しい反面、現地人としてガチの勝負で勝たなければいけないんだなという気持ちです。
ただ、もし万が一なにか失敗したとしても、経験は残るわけですからそれをもとにまた1からスタートすればいいと思っているところはあります。
D:
もうこのままアメリカに住まれたいイメージですか。
山:
アメリカ・シンガポール・日本を自由に行き来できるようにしたい、というのが目標です。シンガポールはアジアの拠点で英語も通じますし。この3か国を押さえておけば だいたいのことはできるかなと。どこがベースになるかはその時にならないと分からないと思いますが。
Webサービスをひろめるとなると、その土地ごとのニーズを知らないといけないと思うので。今回来たのもそれが一番大きな理由です。シリコンバレーから生まれるものが世界のスタンダードになることが多いので、ここで学んで日本で作って世界に売っていくということがしたいです。
日本発のWebサービスを海外に持っていくこと
D:
ChatWorkの今後の見通しはどうでしょうか。日本での広がり方とどう変わってくるでしょうか。
山:
日本での展開については自信は出てきています。海外では未知数ですね。コンセプトについて話をすると「たしかにねー」と共感はあってもサインアップには……と言う感じですね。
似たようなアプローチのサービスはあるんですが、まったく同じサービスがこれまでを含めて存在しない。あらゆる規模・職種の組織でメールをチャットに置き換えようとしているのはウチくらいでしょう。
SMSも下火になってLINEのようなものが流行しつつある。アメリカの企業でも、あれだけツールがあるのに未だにメールを使って仕事してるんだな、と。 彼らに刺さるようなアプローチができればいけるんじゃないかなというのは思っていますね。
(タスク主導型ではなくコミュニケーションツールなので)今こちらで流行しはじめてるAsanaと比べると何が目的なの?というのは見えにくいかもしれません。なので、Webページに埋め込んでカスタマーサポートができたり、プロジェクト管理ツールに組み込めるようにするとか発展を考えています。でもメインのところはシンプルに保ちたいですね。みんなに使ってもらえるサービスを目指しています。
D:
今は日本法人の社長も兼務という形で渡米されていますが、他の社員の方とどういう風にコミュニケーションをとられていますか。
山:
基本的にChatWorkを使ってます。朝起きたら確認して、返信が必要なものに返信して、昼間はこちらの仕事をして、すると日本で終業しているので夜にまた返事を書いて就寝という感じです。時差があるのがかえってよくて、メッセージが来た時にすぐ返す必要がないのがいいんですね。非同期のコミュニケーション、と言ってますけどまさに理想的な使い方ができていると思います。
これからの働き方について
D:
そういう風にどこでも働ける時代になってしまいましたが、これから日本でのワークスタイルというのはどういう風に変わっていきますか。
山:
自由に働いていく方向と、ものすごく厳密に管理されて働くスタイルの二極化すると思います。ただ、社員が働きやすいように環境をきちんと整える企業はお客さんのことも考えられる企業だと思うので、結局はそちらが勝つと思っています。
D:
最後に、学生の時にアメリカでスタートされて、そして今もう一度アメリカでスタート1から会社を立ち上げられました。。何を強く思いますか。
山:
(今までEC studio社でやっていた)事業を整理して、退路を断ってアメリカにやってきました。そしてまたひたすらサービスの利用者を拡大しています。ただ前に向かって進んでいくだけですね。本当にまっすぐ歩いていくだけです。
僕のことを誰も知らない土地で、今日本のやり方を押し通しても絶対に通用しない。どうやって根付いて、どうやってお金にするか。何もかもが違う土地で、もう1回最初からチャレンジあるのみ。
ただし最初からと言っても日本での経験や知識は有効な部分もあります。「日本では通用したけどアメリカではどうか」みたいな。前世の記憶をもって赤ちゃんになって生まれかわったみたいな感じですね。
D:
今日はどうもありがとうございました。
トップ画像:ChatWorkシリコンバレー挑戦日記さんのページ – Palo Alto
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