銃口が跳ね上がらない幻の射撃競技用ピストル「MC-3」
優れた道具は誰しもに同じ力を与えてしまうため、必ず「便利すぎるので禁止」という試練を潜り抜ける必要があるのは最近のインターネットと規制の話題を見ての通り。これは、あまりにも銃口が跳ね上がらず撃ちやすいため競技での使用を禁じられてしまった、まさに幻の旧ソ連製射撃競技用ピストルです。
そもそも論:銃口の跳ね上がりの正体とは
「銃口の跳ね上がり」の正体は、銃身の延長線が重心を通っていないために発生する回転運動。グリップを中心として、縦向きにくるりと回っているのが分かる動画はこちら。
08Dec105 – Colt Python 6 close shots slow motion – YouTube
この回転と後ろに吹き飛ぶ力がミックスして、こういう不幸な事故が起こるわけです。
My Wife -vs- the Desert Eagle .50 – YouTube
銃口の跳ね上がりを防ぐには
弾の火薬量を減らす、グリップの角度を変える、握り方・構え方を工夫するなど色々対策はあります。しかし回転力を弱めようとするなら、力の発生するところを軸に近づけるのが一番。そこで銃口はなるべく低い位置にくるようにして、腕の中心線に銃身の延長線を近づけると跳ね上がろうとする力は小さくなります。
左(黄):Chiappa FirearmsのRHINO 200DS 右(青):S&W社のM&P。赤の線はグリップの付け根の位置。一般的には手が邪魔になるので青色の線の位置に銃身があることがほとんど。しかし黄色の線まで銃身を下げると狙いが上下にずれるものの、銃口の跳ね上がりを処理するのに有利になります。
つまり理論的に銃口の跳ね上がりが最も少ない理想のグリップは、このように握るとパイプが拳の真ん前に来る「マジックハンド」型ということになるはずなのですね。
現実世界での応用例
例えば最新SMGであるTDI社のVectorを見てみましょう。これは開発中のプロトタイプの動画ですが、銃口と右手の位置関係に注目。ほぼ真ん前です。なので恐ろしい速度で45口径をばら撒いているにも関わらず、跳ね上がりはとても少なくなっています。
the KRISS Super V Sub-machine gun – YouTube
ところが競技射撃に使われるようなピストルはどれもこの写真のように腕の延長線と銃身の延長線がずれたものばかり。
なんでないのかな……と思っていろいろ探していたのですがやっぱりありました。それが多くの記録を打ち立てながらも、あまりにも跳ね上がりが少ないとして禁止されてしまった旧ソ連製競技ピストル「MC-3」だったのです。
競技射撃用ピストル「MC-3」の誕生
世界第二次大戦後のソ連、競技射撃の愛好家達の間では精度の高い競技用ピストルを求めて、自ら加工を施す人が多かったといいます。すぐれた競技者はすぐれたガンスミスでもあったわけです。
いまだと銃の自作・改造には厳しい規制がありますが、ほとんどが軍人上がりであった当時の警察組織では「治安上の脅威ではない」として黙認されていたそうです。
そして1954年、5.6mm(.22リムファイア)の弾薬で25m先のシルエットターゲット5つに速射する「MP-8」という国際競技に特化したピストル、MC-3のデザインがP.K. シェプタルスキーによって提案されます。
マルゴリン社の競技用ピストルのフレームを切断し、上下逆にしてグリップを取り付けることで、銃身と腕のラインを一直線にし跳ね上がりを理論上ゼロにするというコンセプトの奇妙な銃は、トゥーラ造兵廟スポーツならびに狩猟用武器管理局によって125丁が製造されたそうです。
上の棒状のフレームから銃身を吊り下げる形のMC-3。
握るとこの通り。人差し指よりも下に銃身が来ます。
ベースとなったマルゴリン社のターゲットピストル。
弾倉を少し抜き気味にしたMC-3。上下逆に接続されたフレームの位置関係がよく分かります。
どれくらいの精度があったのでしょうか?記録によれば25mで0.98インチ以下、「シルエットM」弾薬を用いた場合0.82インチ以下に弾痕がまとまったといわれています。
MC-3の活躍
1956年はメルボルン夏季オリンピックの行われた年。この年、MC-3をひっさげたソ連射撃チームは国内・国外を問わず素晴らしい記録を残しました。
まず、ハンガリーのブダペストで行われたMP-8競技で、V.ナソノフが記録を5点塗り替える600点満点中592点を記録、国内ではE.カイデュロフがDOSAAF(ソ連の準軍事コミュニティ)の競技会において293点の記録を超える299点をマーク。
こちらはオーストラリア・メルボルンでオーストラリア軍の兵士とともに写るソ連チームのメンバーとMC-3。この年、25mラピッドファイアピストル競技で、ソ連は銀メダルを獲得しました。
Digital Collections – Pictures – [Australian soldier and a Russian competitor with a pistol, Olympic Games, Williamstown?, 4 December 1956] [picture].
しかしあまりにも急激な活躍は注目を引き過ぎたようです。当時の国際射撃連合(ISU)はその年ルールを改訂。「銃身の軸は手首上部より下に来てはならない」というレギュレーションを付け加え、MC-3は国際試合から姿を消すことになりました。
その年の終わり、V.ソローキンがMC-3を使って非公式ながら世界記録を突破。ある意味ではISUの判断は正しかったといえます。
もしかしたら再度ルールの改訂があるのではないか……という思惑もあったのかその後も細々と生産は続き、結局1951~1955年の間に14丁、1956~1960年の間に111丁、そして1961~1965年の間に1丁の計126丁(トゥーラ兵器博物館の記録では125丁)が作られました。
現在もトゥーラ兵器博物館では、残存する1丁を見ることができます。
ソース:Shooting Sports USA – February 2011 – (17)
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