アートとデザイン

宮崎駿の描く「戦争」漫画、「宮崎駿の妄想ノート『泥まみれの虎』」


宮崎駿氏といえば日本のアニメの第1人者。その作品は世界から賞賛されていますが、それと並行して長年、兵器をテーマにした漫画を連載していることはあまり知られていないようです。それが今回紹介する「宮崎駿の雑想ノート」と、その中の一編「宮崎駿の妄想ノート『泥まみれの虎』」。アニメと同じくイマジネーションと洞察にあふれた美しい作品です。

「宮崎駿の雑想ノート」とは

「宮崎駿の雑想ノート」は模型雑誌「モデルグラフィクス」にて掲載されている漫画作品。だいたいは1回、多くとも数回が1つのお話として短期連載されます。映画の制作の合間をぬって描かれているためか、第1話「知られざる巨人の末弟」が1984年11月号に掲載されてから最新作の「風立ちぬ」が2009年開始と、その歴史は実に25年に及びます。

宮崎駿の雑想ノート(左)」と「宮崎駿の妄想ノート『泥まみれの虎』

「この本に、資料的価値は一切ありません」と自らが単行本「宮崎駿の雑想ノート」の冒頭で言い切っているように、程度に差はあれフィション。ある意味、いろいろな作品の中でも宮崎氏のイマジネーションがもっとも色濃く現れた作品です。

19世紀~第2次世界大戦を舞台に、だいたい10%の史実と90%の妄想から生まれた愛すべき兵器の活躍が鉛筆と水彩絵の具をつかった淡いタッチで描かれます。

「安松丸物語」より。インド洋に展開した改装空母の戦い……という架空の戦記。

「豚の虎」ロシアの大地で電動ティーガー戦車「と」戦うドイツ軍整備兵達の奮闘記……というこちらも架空の戦記。実在した兵器や人、戦場と空想が絶妙に入り混じっており「あったかも」と思わせるあたりは、さすが宮崎氏といったところです。

「天空の城ラピュタ」「ハウルの動く城」に登場するメカにも、その影響が大きく伺えます。

「ラピュタ」制作前に描かれた「多砲塔の出番」の主人公たち。

「ハウルの動く城」のデザインもちょっと「多砲塔の出番」の影響がうかがえます。

基本的には「本業」のアニメとの関連はないのですが、1992年には「宮崎駿の雑想ノート」を原作に「紅の豚(原題:飛空艇時代)」が作られています。

1995年から1996年にかけては西田敏行、春風亭柳昇、大竹しのぶなどそうそうたるメンツによって全てのエピソードが、相当聞きごたえのあるラジオドラマが作られています。

また2013年夏には、零戦の設計者、堀越二郎の生涯を描いた「風立ちぬ」を原作とする同名のアニメ映画が公開されます。「雑想ノート」原作としては2作目、しかも実在の人物で太平洋戦争を描くという、宮崎駿氏の集大成ともいえる映画になるでしょう。

「泥まみれの虎」と他の宮崎作品に共通のテーマ

「宮崎駿の妄想ノート『泥まみれの虎』」は、実在のナチスドイツ軍の戦車兵、オットー・カリウスの回顧録「ティーガー戦車隊」を原作とするエピソード。永遠の冬の大地、ロシアの東部戦線で波のように押し寄せるソ連軍をわずかな戦車で押しとどめ、友軍が撤退する時間を稼いだ「ナルヴァの戦い」を描いています。

制作にあたっては、宮崎氏はドイツに住むカリウス氏に実際に会いインタビューを行うなど、「雑想ノート」の他の作品よりもリアリティを前面に出したものとなっています。

とはいえ「資料的価値はありません」とのこと。回顧録には「空白の時間」も多く、そこが宮崎氏の妄想によって補完されているからです。

戦争ものというのはヒロイックな主人公が超人間的な活躍をする、ドラマチックなものになりがちです。しかし「宮崎駿の雑想ノート」には全編を通じてそのようなヒーローは登場しません。オットー・カリウスも好戦的な軍人ではなく、ごく普通の青年として行われています。

数少ない戦車を駆使してソ連軍を食い止めるカリウス達。ティーガーは敵にとっては畏怖の対象である一方、どうしようもなくデリケートな戦車でもありました。

すさまじい物量で襲い来るソ連軍。

それでも戦車を守り、士気だけで持ち場を守る一同。「宮崎駿の妄想ノート『泥まみれの虎』」にはオットー・カリウスへのインタビューも収録されており、読み比べることもできます。

宮崎作品には珍しく、兵士の死も描かれます。

当時の戦争で、前線に立って戦った兵士の多くはたまたま徴兵されて大きな戦いに巻き込まれた人ばかり。しかしそれでも、自分の命を守ったり、家族のもとに変えるためには知恵を振り絞って戦わなければなりません。

それは銃弾が飛ぶか飛ばないかの違いだけで、実は私達の普段の生活も同じこと。ささやかな幸せを守るべく目の前のやるべきことに一生懸命取り組まなければならない普通の人々と、カリウスの姿は実に見事に重なります。

同じく収録されている「ハンスの帰還」も乱視の老戦車兵、ドランシ大尉と整備兵ハンスが放置されていた戦車を修理し故郷に向けて脱出するというもの。こちらも、なんとしても家に帰らなければならない2人の旅をコミカルに描いています。

目立たなくとも生きるためにがんばる姿にこそドラマがある、というのは宮崎作品を通じてのテーマです。アニメ制作者としての宮崎氏しか知らない人にはちょっと異色の作品かもしれませんが「宮崎駿の妄想ノート『泥まみれの虎』」にも確かに同じテーマが流れています。

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