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画家の道を挫折し独裁者となったアドルフ・ヒトラーの絵画作品いろいろ


20世紀最悪の独裁者の一人「ヒゲの伍長殿」ことアドルフ・ヒトラーの青年期は挫折の連続であった、と言ってよいものでした。これらの絵画は青年期に画家を目指していたころの作品。あるいはこれらが世間に受け入れられていたら、彼はもっと平凡な人生を送っていたのかもしれません。

ウィーン時代 Vienna Period (1907–1912)

ウィーン美術アカデミーを2度受験するも不合格。独裁者となったヒトラーは、退廃芸術と称し近代芸術を徹底的に弾圧しています。

「Colored House」

「Musician by Old Town Well」 (c. 1910–1912)

「Rolling Hills」

「Large Colored Pansies」

「Town Scene with Unusual Store Sign Post」

「Castle Battlements」 (1910)

「Vienna Opera House Corner Scene」 (1911)

「Die Peterskirche in Wien」 (c. 1910–1912)

「Schloss u. Kirche Perchtoldsdorf」 (c. 1910–1912)

ミュンヘン時代 Munich Period (1913–1914)

オーストリア・ハンガリー帝国の懲役を逃れるためドイツ・ミュンヘンに移住。その後オーストリア当局に逮捕されたが、兵役検査で不合格となっています。

「The Courtyard of the Old Residency In Munich」

「Oedensplatz」 (1914)

「Country Church」 (1914)

「München Hoftheater」 (1914)

「White Orchids」 (circa. 1913)

「München Siegestor」 (1913)

「Die neue Hermannsmühle」 (1913)

第一次世界大戦時代 WWI Period (1914–1918)

1914年ドイツ帝国バイエルン王国で志願しバイエルン王国第16予備歩兵連隊に入営、伝令兵に配属された軍人時代に描かれた作品。

「Smoking Tank」 (1916)

「War Torn Town」 (1918)

「Battlefield Wall」 (1918)

「Destroyed Town of Ypres」 (1916)

「Tank Battleground」 (1916)

晩年 Late Period (1924–1939)

諜報員(スパイ)としてスカウトされ、その後政治家へ転身し独裁者となった時代に描かれた作品。

「München Strassenbahn」 (1925)

「Informal Dining Room Long View」

「München Strassenbahn」 (1925)

「Am Basler Tor」 (1933)

「Schloss Lamberg Steyer – Vienna Period」 (c.1910–1912)

ソース:From Amateur Artist to Nazi Führer: The Paintings of Young Adolf Hitler

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